隻狼で能ゲーム・能ライフ②
今回は破戒僧本人についてやっていきましょう。彼女は面(おもて)もつけていますし明らかに能度が高いですね。わくわくしますね。
女は怒ると蛇になる
破戒僧の面は般若に似ていますが角がまだ小さく、般若の手前の「生成(なまなり)」と言われるものだと思われます。般若の系統の面は鬼と化した女、それも嫉妬に狂った様を表すもので男には用いられません。角の生えた面はすべて女性を表すもので、破戒僧が尼僧だとわかるのはこの面のためです(フーン!の声も高いし頭巾からのぞく髪も長いですが)。よく見られる角がにょきっと生えきった般若の面は「中成(なかなり)」とも言うそうです。
般若でも恐ろしい顔と化していますが、激おこ最高潮になると女は何になってしまうのでしょうか。口が裂け、念仏を聞く耳も持たない蛇になってしまうそうです。これを蛇(じゃ)や真蛇(しんじゃ)といい、「本成(ほんなり)」とも呼ばれるそうです。
仙鋒寺と鐘鬼の記事でも書きましたが、真蛇の面は「道成寺」の演目で専用面として使われるそうです。解説付きのダイジェスト版動画があるのでぜひご覧ください。小鼓の緊迫感ある演奏と地を揺るがすような合いの手、道成寺のシテ独特の激しい足運びの乱拍子、なにより愛した人に振り向いてもらえなかった女の執念と激しい怒り、そしてどんなに暴れ狂ったところで愛する人の心が手に入らなかった口惜しさと悲しみは晴れないことへの絶望。短い間にみどころがギュッとつめられています。
おおまかな般若の3種類の姿です。生成にならずとも怨霊としての女の面もあります。時代や面の作家さんによっても違いますし、流派によっても用いる面が違うこともあります。同じ演目でも数種類から演者が選ぶこともあるそうです。
蛇の話だけに蛇足ですが、和装の婚礼衣装で文金高島田を結った頭を覆う布は「角隠し」と呼ばれるそうです。諸説ありますが女は嫉妬で怒ると鬼になってしまうのでそれを防ぐまじないの類だそうです。白い大きなフードのような綿帽子というものもありますね。最近は文金高島田なんて結う人は少ないのでこちらのほうがよく知られているかもしれません。
破戒僧の正体
戦いの記憶「宮の破戒僧」で本当の名前は八百比丘尼だと記されています。八百比丘尼の伝承は日本各地にあり、大まかな流れは以下の通りです。
人魚の肉を食べた娘が美しく成長し、いつまでも17~18歳の若々しい姿だった。夫となった者とは何度も死に別れ、知り合いもいなくなり、やがて比丘尼となって全国を行脚し、800年を経て若狭の国へたどり着き亡くなるというものです。
これはかなり憶測が入りますが、破戒僧の面が生成なのは彼女が蟲憑きの力によって死なずとなっており、本物の桜竜の力による不死とは遠く、また蟲は(コオロギがついている僧もいましたが破戒僧はムカデですね)ぬしの白蛇からも(真の蛇からも)まだまだ遠いことを表しているのかもれません。角は短くとも十分凄みのある面ではあるのですが。
ぬしの白蛇を崇める落ち谷衆と、竜を崇める淤加美の一族と
先の動画で説明もされていますが、△の形が合わさった模様は蛇のうろこを表しているそうです。「道成寺」では鐘から出てきた白拍子が本性である蛇体をさらしたときにあらわになります。
源氏物語の葵の巻を元にした能「葵上」でも床に臥す葵上を生霊となって苦しめる六条御息所が同じ模様の着物を着ています。コロナ禍の影響で通常公演ができない大阪の大槻能楽堂が行った無観客公演の半能がすばらしかったので「葵上」はここから見てください。小袖一枚置いただけで女性の貴人が病臥にいることを表す…アイテムの位置にすら意味を見出すフロム脳の持ち主の皆さんなら苦しむ葵上を想像できるとおもいます。
蛇といえば隻狼でも大きな白蛇が何度か出てきましたね。落ち谷衆シラフジ・シラハギの2人は「蛇の目」と呼ばれるひときわ高い射撃能力を持っていました。人ならぬ淤加美の一族の血を引いている彼女らがぬしの白蛇を祀るのは、仙境に至った淤加美の一族が桜竜を崇めたのと相似の関係になっています。
関連テキスト
乾き蛇柿 抜粋
落ち谷の衆は、ぬしの白蛇を崇め
乾いた蛇柿をご神体として祀ったという
鉄砲砦の社の鍵 抜粋
中でも、蛇の目の石火矢は、恐ろしい
かの女衆は、いにしえの淤加美の一族の末裔
稀な目を持ち、遥か彼方を容易く射抜く
錆び丸 抜粋
青錆の毒は、いにしえの戦いで
人ならぬ淤加美の女武者らを退けたという
その血筋に連なる者にもまた、有効だろう
竜の舞面 抜粋
源の宮で、淤加美の女武者は、
竜がために舞を捧げた
すると不思議と力がみなぎったという
淤加美の古文書に「仙郷を目指した淤加美一族が残した」とあるので、葦名の仙郷に桜竜が居ついてのちに例の掛け軸に書かれている淤加美の一族の葦名襲来があったとかんがえていいんでしょうか。ひとならぬ一族と…その、どうやって血を引くような交わりが起こったんでしょうね…。先の竜胤の御子である丈と巴は仙郷から来たとありますが、一心様が不思議と深みを感じる目に吸い込まれそうで危うく巴に斬られそうになったと話していたので人間寄りの魅力的っぽいビジュアルだとは思うのですが。謎です。
次回はお猿のことをやっていきましょう。隻狼にはお猿がいっぱい出てきましたもんね。おさる、意外にも能と関係あるんです。
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